焼き鳥を外して食べることに衝撃を受けるもわからんでもないと思った話

最近ネットやテレビで話題になっている「焼き鳥は串から外して食べる派か、外さないで食べる派か」問題。

ちなみに僕は外さないで食べる派でした。

というより、福岡で育った僕は外さないで食べるのが普通なんだと思っていました。

福岡では80%以上の人が外さないで食べます(と、テレビで言ってました)。

例に漏れず僕も外さないで食べていましたが、上京してから衝撃を受けました。

一緒に焼き鳥を食べに行った相手が串から外していたのです。

本当にびっくりしましたね(笑)

ただ、外すには理由があって、その場にいる人たちみんなでシェアするためでした。

なるほど、と一応納得しましたが、やっぱり世間でも外すか外さないか論争が起こっていて、おもしろいなと感じました。

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福岡は外さない、東京は外す

福岡に住んでいる人は、おそらくこんな論争があること自体おかしいと感じていると思います(笑)

外さないで食べる文化が根強いため、それが当たり前だと思っているからです。

ところが、東京、神奈川の人は実に60%以上の人が外して食べるそうです。

その多くの理由がシェアするためです。

ただ、焼き鳥をシェアするという感覚を僕は最初持ち合わせていませんでした。

例えば、5人で焼き鳥を食べに行ったときに、せせりを頼むとします。

5人だから5本頼むかと思いきや、東京では3本しか頼まないということがざらにあるのです。

最初は、誰かせせり嫌いの人がいるのかなと思っていたのですが、せせりが来るやいなや串から外し、みんなでシェアしたのです。

文化の違いに軽くショックを受けました(笑)

焼き鳥って1人1本頼むもので、シェアするものじゃないと思っていたからです。

焼き鳥を串から外してシェアするのは、小さな味噌汁を1杯頼んでみんなで回し飲みするのと同じ感覚です。

そもそも人数分頼まないからシェアするという事態が起こっているわけで、人数分頼めばいいじゃんと思っても、シェアするからいいじゃんとなり、シェアするから人数分頼まないのか、人数分頼まないからシェアするのか、もうわけがわからなくなってきました。

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議論は平行線

この問題は結論でないと思います(笑)

やはり育ってきた環境で外して食べてきたか外さないで食べてきたかで自分が感じる「当たり前」が違います。

僕は東京では外して食べる人がいたらそれに従っています。

郷に行っては郷に従えです。

でも、串から外さない方が冷めにくいですし、串にかぶりつくという行為そのものが美味しさを増しているように思えます。

ほんまでっかTVに出演している心理学の植木先生も、文化に習った食べ方の方が満足感が上がると言っています。

僕も串から外された焼き鳥を箸でつまんで食べていると満足感がすごく下がります(笑)

逆に外して食べてきた人は満足感は下がらないと思います。

ちなみにこの論争はとある焼き鳥店が串から外さないでという嘆願から始まりました。

僕も飲食店でバイトしていた経験があり、焼き鳥をばりばり刺して焼いていたので気持ちはよくわかります(笑)

でも、だからって店員がお客さんに食べ方を指定するものでもないと思います。

焼き鳥を食べている人たちの共通認識ができていれば、串から外そうが外さまいがどっちでもいいと思います。

個人的には外さない派です。

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